この作品は、2023年4月19日 10:31に投稿された作品です。
~新しいことをしましょう。次のステップへ向け、挑戦をしましょう。
若い人の夢を応援しましょう。世界に羽ばたく人を育成しましょう。
古い因習に縛られてはなりません。グローバルな視野を持ちましょう。
時代遅れの考えを捨て、一人一人が輝けることを優先しましょう。
そのためには、どんな代償をも嫌がらずに、そう、困難に立ち向かうのです。~
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ある、配信の無い日の夕暮れに、部屋のポストを見ると、若葉色の封書が入っているのを見つけた。
手に取ると、ふわりと、土の香り。
<<風真いろは 様
奥山村立 奥山中学校 卒業式 へのお誘い>>
奥山中学校は、いろはの出身校である。その中学校の卒業式が、行われる。しかし、
「今、8月でござるよ……?」
その通知は一見、あまりにも時季外れであった。
ストロー
ポストには、水回りトラブル対応の工事業者のチラシ、ピザ屋のチラシ、粗大ごみ回収業者のチラシ、新聞の勧誘、聖書の一節を書いた一筆箋 等が入っていたが、いろははとりあえず全部を回収して自室に戻ることにした。A4サイズの冊子状の広告をお盆のようにして、全ての紙類を左手にまとめてエレベータに乗り込む。その中でも、奥山中からの通知だけは存在の色を放っていた。
部屋に入ったいろはは、リビングスペースの低いテーブルに荷物をあけ、傍らのレターオープナーを用いて封筒を開ける。
中には白色度の低い紙が三つ折にして入っていて、公的な文書であることを物語っていた。
<<奥山中学校 卒業生の皆様
奥山中学校長
本校卒業生の皆様におかれましては、ご清祥のこととお慶び申し上げます。
奥山中学校は、好暦4年度をもちまして、閉校する運びとなりました。>>
「……」
いろはは、冒頭を読み始めてさっそく絶句してしまった。確かに、いろは自身も通っていた時には、それほど多くの学生が集う中学校ではなかった。それにしても、村内唯一の中学校のはずである。奥山村は、中学校を持たない村になってしまうのか。
「そ、っか……」
いろははソファにもたれ掛かった。
受け止めるしかない。
<<来る好暦5年3月9日、第61回奥山中学校卒業式を行う運びとなりました。
つきましては、卒業式の後に『奥山中学校大卒業式』を催したいと存じます。
本通知は、ご連絡のつく全ての卒業生に送付しております。>>
いろはの、また他の卒業生の住所をどこで知ったかなんて、聞くまでもないことだ。
ひとたび村人となった者は、その家族や村役場の職員らの手によって、仕事場や連絡先などは全村民の知る所となる。いろははその常識の中で育ってきたし、コジンジョーホーという概念を知ったのは上京してからだった。
2枚目には、奥山中学校大卒業式に出席または欠席する旨を連絡するための紙が入っていた。7か月も先の式のわりに、連絡期限がなかなかに短い。しかし、半年先のスケジュールまで埋まっているいろはにとって、このくらい前もって連絡をくれるのは正直言ってありがたい。
いろはが3枚目を取り出すと、それは他の2枚とは全く異なる真っ白でツルツルな紙であった。それだけでなく、タイトルには虹色のワードアートででかでかと「アイドル 風真いろは様 大歓迎」の文字が躍っていた。
<<風真 いろは 様
奥山村民一同、風真様の昨今のご活躍を拝見しています。
各種テレビで風真様の姿を見ない日はありません。>>
いろはは少し笑みを浮かべた。「各種テレビ」って。
奥山村では「インターネット」というメディアがあまり浸透していない。映像メディアは全部「映画」か「テレビ」である。
著しくダサいワードアートと文章は、村で暮らしていたころを思い起こさせて、今更ながら伊達や冗談ではなく本当に中学校が閉校してしまうのだという説得力が感じられた。
<<どうかご参加いただき、第61回卒業生の子らと言葉を交わしてあげてください。
卒業生が将来、風真様と同じように世界に羽ばたける存在となるよう、応援してください。>>
一も二も無い。
いろはは、マネジャーに連絡するためにDiscordのダイレクトメッセージを開いた。
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7か月後。
いろはは、マネジャーと一緒に卒業式に臨席していた。マネジャーはてっきり、控室のような部屋に通されると思っていたが、なんと一般の参加者と同じ扱いであった。二人とも黒のスーツで目立たない格好をして、何の変哲もないパイプ椅子の席に案内された。
もちろん、人口数百人の村にいろはたちがやってきたら、化粧や派手な格好などしなくても有名人であることは当然わかる。しかし、卒業式の間、村民はいろはを一人の参加者としてしか扱わなかった。
(いろはさん、大丈夫ですか?周りにヘンな人いませんでしたか?尾 けられてたりとかは?)
(大丈夫だよマネちゃん……今のとこ、マネちゃんが一番変な人だよ)
しきりに小声でいろはに注意を促し、周囲をうかがうマネジャーは、その場ではかなり浮いていた。いろはを含む参加者の大半は、その人生の一部の時間を村で過ごしたのに対し、マネジャーは東京生まれの東京育ちだから無理もない。所在なくスマホを見てみても、3Gを示す回線の読み込みは円を描くばかりで、時計程度にしか役に立たない。
いつもはだだっ広いばかりの体育館も、二百人も人が入ればちょっとしたイベントだ。起立、礼の一つ一つに、無意味にも拍手が沸き起こる。
マネジャーにとって、その卒業式は珍しいことばかりであった。
「いろはさん、なんで、体育館のステージの上にお子さんの椅子があるんです?」
「あれは卒業生が座る椅子だよ。普段は在校生がステージの下にいるんだけど、もう、在校生はいないから……」
「へえ……」
第61回奥山中学校卒業式は、ステージの上だけで完結していた。
校長も、教頭も、担任も、卒業生も、全員がステージの上にいて、ある意味臨席者の見世物のようになっていた。しかし、たった2名の卒業生はステージ下には目もくれず、堂々と国歌と校歌を歌い、厳かに卒業証書を受け取る。
一人は「あさ」、髪の長い女の子。もう一人の髪を短くした女の子が「ゆめ」といった。いろはは彼女らが双子であろうことはわかったが、苗字までを聞き取ることができなかった。卒業式は全体として「あさちゃん、ゆめちゃん」で進められており、ついぞ苗字を知ることは無かった。
あさとゆめは、村内でただ二人だけの中学生であり、見られることには大変慣れていた。それに二人は、卒業式が終わった後の段取りに早く移行するために、キビキビと動くことに集中していたのだ。
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まるで合唱コンクールのように「仰げば尊し」と校歌を歌いあげた卒業式が終わると、いろはとマネジャーは準備のため女子更衣室に移動した。体育館では引き続き大卒業式が行われるが、他方3年生教室ではあさ・ゆめ両名といろは、それとマネジャーの4人で語り合う「お楽しみ会」が非公式に開かれるのだ。
村側が気を使ったのか、それとも単純に機材を用意できなかったのか、「お楽しみ会」の内容は全て完全にオフレコという取り決め。いろはのギャラは、校長と双子の両親が出すらしい。その額は一般的なオファーの百分の一に満たなかったが、いろはは快く受けた。むしろ、ギャラを拒否しようとしたくらいだった。
「楽しみですね、子供たちとのお話」
「き、きんちょーするでござるよぉ、マネちゃん……」
ファンとの交流は、普段画面を通して行っている。それが今日は握手を含み、存分に語り合うことができる。
「大丈夫ですよ、いろはさん。二人とも、いろはさんのこと大好きだって、言ってたじゃないですか」
「だからだよぉ……」
いろはたちが身支度を整え、教室の戸を開けると、生徒は既に座って待っていた。いろはのまぶしく光る白い隊士服に、あさとゆめは同時に立ち上がった。
「こ、こんにちは!……目おっきい……」
「こん…にちは……かわいい……」
「こ、『こんにちは、でござる!ホロライブ6期生、holoXの用心棒、侍の、風真いろはでござる~!』ゆめちゃん、あさちゃん、こんにちは!」
あさとゆめの目が、更に大きく見開かれた。
「ほん、本当に、本物の風真いろはさんですか!?」
「本物の、"テレビ"で見るいろはちゃん!?」
「本物ですよ。私が保証します」
都会的なマネジャーは、バッチリ衣装を着こんだいろはその人よりも現実味を持たせる効果があったようだ。あさとゆめは手を取り合ってわぁっと声を上げた。
「むぅ、かざまが自己紹介しても信用しなかったのに…なんでぇ?」
「あっ、生『なんでぇ』!」
「『なんでぇ』助かる!!」
いつものコメントに、いろはの緊張も和らいだ。
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いろはは、ファンとのふれあいイベントで1分程度のお喋りをしたことはあったが、今日は30分という長時間である。カッチリとした台本は無く、ごく普通な雑談。
あさとゆめの方は、いろはが来ると知った日から、何を話そうか、どんなことを聞こうかとメモを用意してきた。何を聞いても親切に答えてくれるいろはは、少女たちにとって憧れのお姉さんである。質問攻めと溢れるパッションに触れ、マネジャーはトークデッキを書いた手帳をカバンに仕舞った。
それらの話が、一段落した所であった。
「いろはちゃん、私たちも…」
あさが、ゆめの方をちらっと見やった。
ゆめがコクリとうなずき、口を開いた。
「私たちも、東京に行けば、いろはちゃんみたいになれるかなあ?」
「か、かざまみたいに?」
いろはは、目を輝かせた二人に見つめられたが、その意図が理解できず聞き返した。
「いろはちゃんって、みんなに人気のアイドルでしょう!?」
「私たちも、アイドルになりたいの!」
「あ、えっと……」
この席の話の中で、既に話している。『上京しても、すぐに有名になったわけではない。holoXの面々と会って、更にホロライブに加入するまで、「アイドル」なんて考えてもみなかった。』
「きっと、なれ……うぅん、わかんないよ」
「えぇ~!でも、いろはちゃんは、今スッゴイかわいいよ!?」
「私たちも、いろはちゃんみたいに"テレビ"に出て人気者になりたい!!」
いろはは、考える。
確かに、自分は上京して、結果的に有名人と評される存在になった。
では、彼女らも”世界に羽ばたける人”になるために、東京に出ていくべきなのだろうか?
”その結果”が、今日執り行われている”大卒業式”なのではないか?
「あささん、ゆめさん」
さっきまで、三人を交互に見ているだけだったマネジャーが、久しぶりに口を開いた。
「『特別な人』になりたいですか?」
「「はい!!」」
マネジャーは小さくうなずいた。
「あささん、想像してください。今、目の前に1万個のリンゴがあります。どれもとてもおいしそうです。『この中から、1つあげます』と言われたら、どうしますか?」
「えっ……と?」
「一番きれいなのを取ります」
あさが逡巡している間に、代わりにゆめが答えた。
「そうですね。ゆめさん。でも、どれがいいか、と1万個も確認はできません。せいぜい、直接見て選ぶのは50個です。あなたは50個の中で最も美しい1個のリンゴを手に入れました。ところで、残りの9999個のことは、気にも留めませんよね。しかも、そのうち9950個までは、目の端にすら入れていません」
あさも一緒に、うなずいた。
「いろはさんは、その、選ばれたリンゴなんです。他の残りは、『何者でもありません』。これ、わかりますか?」
さっきまできゃあきゃあ言っていた二人は、ぎゅっと押し黙った。
「東京で『特別』になるためには、『特別じゃない人』になる覚悟がないと、できません」
二人は、いろはを見つめた。いろはは、咄嗟に自身の存在を隠したくなって、目線を逸らした。いろはが有名なアイドルになったから、二人はその後を追おうとしている。それが夢のある事なのか残酷な事なのか、いろはには判断できなかった。
「でも、知っていますか?二人とも」
二人は、不安そうにマネジャーを見つめた。
「あなた方はもう、『特別』なんです。さっきのステージ、まるでアイドルでした」
「アイドル……?」
「私たちが?」
「こんな村で?」
あさもゆめも、ピンときていない。
「私は、マネジャーとして、『特別』を作る仕事をしています。その私から見ても、今のあささんとゆめさんは、歌ったり踊ったりしなくても、十分『特別』ですよ。さっきの卒業式で、はっきりとわかります」
マネジャーは、少し失望したような目をして続けた。
「でも、逆に東京に出てきたら、なんの珍しさも無い『都会に憧れて出てきた田舎娘』です。アイドル事務所か声優事務所の良いカモですね」
あさが、何か言おうとして身を乗り出す。しかし、ゆめがシュンとなっているのを見て、矛を収めた。
「すみません、意地悪な言い方でしたよね。でも、本当にそうです。『あなたたちをアイドルにしてあげる。プロデュース料を、年間300万円払え』くらい、いくらでも聞く話です。あなたたちの目指す『特別』は、お金で買うものですか?」
いろはは、マネジャーを見た。
嫌な役を一手に引き受けるのは、常日頃、マネジャーの役目である。
マネジャーは、いろはに小さくウィンクし、いろははそれに応えてうなずいた。
「ゆめちゃん、あさちゃん。『特別』って、どんな人になりたいでござるか?」
マネジャーにやられ、ゆめが発言するのに少し時間がかかっていた。
そんなときに、いち早く復活するのはあさである。
「みんなを、私を見たみんなを、笑顔にすることです!」
「……私も!あさと同じ」
あさとゆめは、見開いた目で宣言した。
「あささん、ゆめさん。あなた方は、”村に2つしかないリンゴ”です。選ばれる、選ばれないの次元ではありません……つまり二人は、この村にとって、大事な、大事な、かけがえのない存在です。替えが効かないあなた方は、将来にわたって一生、村の人に大事にされるでしょう。
もしも、何かやりたいことがあるのならば、東京や、都会に出るのもいいと思います。でも、あなた方双子でしかできないことが、ここにはある。それを忘れない方がいいと思いますよ」
「わかりました」
「ありがとうございました。マネジャーさん」
二人は、マネジャーに礼をした。
「いろはちゃん」
あさが、少し遠慮気味に問いかけた。
「東京……って、楽しいものがいっぱいあるんでしょう?」
いろはは、一度「うん」と言ったが、その後ゆっくりと首を横に振った。
「色々あるけど、すぐに変わっちゃうんだ。タピオカミルクティーがガレットになって、食パン屋になって。周りがくるくる変わりすぎて、迷子になってしまうでござるよ」
「東京は、そうなんだ……でも、この中学校は、なくなっちゃって、次は無い。東京に行けば、楽しいものは、何でもある。"テレビ"が言ってるもん」
いろはは、ゆめとあさの肩を片方ずつ掴んで、目線を合わせた。
「約束するでござる。
holoXが、日本全国、いや、世界中どこにいても、東京にも負けないくらい楽しくするって。
お父さん・お母さんにこれだけは頼んで。『スマートフォンを買って』って」
ニコと微笑んだいろはは、
「スマホさえあれば、どこででもテーマパークにしてみせる!」
そう言って、雄々しい笑みを浮かべた。
世界征服に燃える輝きがあった。
教室の扉がガラッと開いて、いろはたちを案内してくれた教師が顔をのぞかせた。
「あのぉ、お時間ですけど……?あっ、もしよろしければ、まだお話ししていてくださっても……」
その言葉に時計を見ると、いつの間にやら、1時間以上経っているようだ。
「かざまたちは、まだ大丈夫でござるが……ね?」
「ええ、そうですね」
「大卒業式、まだやってますか?!」
「えっ?ええ、昔話をしたり、歌を歌ったりしてますよ」
いろはたちの向かい側の椅子は、揃って引かれて音を立てた。
「ありがとうございました。いろはちゃん、マネジャーさん」
「私たち、今日しか会えない人たちがいるから、行かなきゃ」
いろはが顔を上げると、先ほどよりも少し歳を取った少女たちの顔がまぶしく見えた。
「そっか。いってらっしゃい」
「ありがとうございました!」
「またね!」
あさとゆめは、1秒でも惜しいと言うように廊下へ飛び出て、風のように去っていく。
いろはとマネジャーも、丁寧にその場を辞去し、大卒業式には寄らずに帰途に就いた。
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「いろはさん」
帰りのバスで、マネジャーはつぶやくように言った。
「私、あの子たちの夢、摘み取っちゃったんでしょうか?」
子供の前に立ちふさがる大人は、大人本人が思っているよりもずっとずっと影響が大きい。マネジャーがさっきからずっと不安そうにしているのを、いろはは見ていた。
「マネちゃんは、間違ったことは言ってないよ。かざまが言っても説得力無いことを、ちゃんと言ってくれたでござる」
成功者は、「成功した例」として見られる。全員がその成功を得られるわけでもないのに、成功者の輝きは、人の目をくらませる。
「二人が、大卒業式に行って村の人に顔を見せてくれて、ほっとしています」
「かざまも」
双子は、村外の高校に通うことになるという。日常の不便と交通費を避けるために、両親と一緒に引っ越しをするのだという。
アカウントが用意できたら、お話ししようねと約束した。
いろはは実家には寄らずに東京に戻った。
夕方にホロメンと買い物をするために渋谷に出かけるし、その後お泊りオフコラボを予定しているし、明日はスタジオで3D収録があるからである。
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第0回ホロクリエイターテーマ企画 @HOLOcreater0219 参加作品として、投稿しました。pixiv投稿版よりもエグ味を強くしました。
双子、いろは、マネジャー、そして村人、それぞれの立場で異なる思いがあるのを感じ取っていただければ幸いです。
「ストロー」という題は、「ストロー現象」から採りました。"東京"に出て、多くの人に注目される存在になった少女は、田舎出身であるにもかかわらずアイドルとして成功することで"東京"の魔法に染まってしまい、自身ではその"魔力"を全く制御できていない……そんな様子を描きました。これは"東京"で制作されるテレビ番組や、多くのものを象徴しています。
田舎の人々がVTuberの活躍を「テレビ」と表現しているのは、そもそも田舎の回線ではYou Tubeをまともに見られず、テレビでしか見ていないからです。いろははそこに思い至らずズレたお願いをしていますが、大人であるマネジャーは東京育ちですが普遍的な価値を見出してまだマシな言葉をかけています。
キャプションは諦めの境地の村人の気持ちです。双子は、もはや村内に帰ってくることは無いと諦め、それでも村に縛り付けるのではなく夢を持って未来を生きてほしいという親心です。
固有名詞は「いろは歌」から採っています。
架空元号「好暦」は、和暦でこれまでに使用されたことが無く、元号っぽく、M,T,S,H,Rのいずれでも始まらないものを考えました。出典は考えてません。一応「光文」を避けています。
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