2022年6月12日日曜日

声優を交代できない配信勢Vについて

 VTuber、または架空のキャラクター(以下、VCという。)は、結局、現在の形に落ち着いたのである。

それがなぜかを説明してみよう。


 VCは基本的に動画共有サイトにて活動をするが、その態様は「動画勢」と「配信勢」に大別される。「動画勢」は、編集済みの動画をアップロードしてその視聴数によって広告料を稼ぐ者、「配信勢」は編集をしていない比較的長時間の配信で広告料と投げ銭を稼ぐ者だ。


 前者「動画勢」は、いかにクオリティの高い動画を作れるかが、その価値を左右する。面白い動画を量産できれば、それだけ人気になると考えられる。動画の内容が面白ければ、究極的には、声優は交代可能で、非公開の声優が何らかの不祥事を起こしたところで、VCに影響が及ばない。しかし、動画勢には、ああ、あまりにも巨大で膨大なライバルがいる。「アニメ」だ。動画勢は、究極的にはアニメの面白さを超えられるかどうか、アニメにできないことが見せられるかが価値を決めると言って問題ないと考える。例えば、日雇礼子は、あいりん地区のドヤを紹介するなどしていて、非常に面白い。では、「普通」の、企業がオーディションで声優を見つけ、ガワを用意するタイプのVCに、その価値が作り出せるのかというと、まず不可能である。頻繁に脚本を書いて、それをVCが読んで、演技をして、編集して、アップロード。それらは非常に手間がかかるわりに、登場人物が限られ、ストーリー性に乏しいものになることは必定だ。

 見目麗しいキャラクターを作ったところで、ワンピースに勝てるのか。名探偵コナンに、プリキュアに勝てるか。……無理である。

 なお、VC自体を売り込むのではなく、特定の企業や地域に紐づけられたキャラクターなら、十分に価値がある。要するに、ひこにゃんやふなっしーのようなものだ(ふなっしーは非公認だけど)。企業の例では、サントリーの燦鳥ノムが人気を博した。


 では、後者、「配信勢」には何が求められるだろうか。配信の利点は、リアルタイムでコメントと会話することができる所だ。特筆する特技や、面白い特徴等が無く、コメントと会話をするだけしかできない。

 配信は、どうしても大きな展開は無く、毎回受けるネタというものは原理的に存在しえない。となると、「配信勢」の持ち味はどうしても「面白い会話を、毎回できるか」ということにかかってくる。これは、アニメでは非常に難しく、かつ、オーディションタレントには可能なことだ。2014年に「みならいディーバ(※生アニメ)」という、声優の動きをモーションキャプチャで撮りVCを動かす番組があったが、声優は俳優であって丁々発止の会話をする特技を持った人ではないというのが如実にわかる内容だった。ネットラジオでやれ。

 さて、「配信勢」はコメントとの会話によって価値が発揮される。しかし、配信内の長い長い会話は、VCに設定してある情報だけでは間が持たない。どうしても、それに声を当てている人間(以下、魂という。)の話になってしまう。こうした経緯があるため、配信勢のVCは基本的に魂と融合し不可分なものとなる。

 配信勢は、アイドル性と非常に強い親和性がある。アイドルの本質は、「物語」だ。始まりと終わりがあり、その間ずっと連続する一連の言動が「物語」である。VCと融合した魂は、日々生活をしつつ。高頻度で配信を行い、コメントと会話をする。理想的なアイドルの姿である。しかも、アイドルは「応援サービス」である。視聴者はアイドルを無限に褒めることができる。これは投げ銭システムとこの上なく相性が良い。世界のスパチャランキング上位が、VTuberで占められるのはごく当然のことと言える。これを利用すれば、企業によるVCでのマネタイズが可能になる。


 以上によって、動画勢ではなく配信勢のみが、他のコンテンツに対して優位性を持ちつつマネタイズすることができている。

 過去、「生身の人間と切り離されているため云々」という言説があったが、その理論が通用するのは「動画勢」のみで、前述のとおり、その人気は限られた範囲にとどまるため、現在のメーンストリームではおよそ見当違いと言うべきであろう。例えば「配信勢」はそのアイデンティティは活動の過程で必ず(そう、必ず)魂と融合する。それを考えれば、「声優の変更」だなんてのは全くナンセンスであることは自明である。