2022年8月28日日曜日

二次創作小説「女同士の関係」

「女同士の関係」

 この作品は、ホロクリエイター @HOLOcreater0219 の企画第3弾参加作品として、2022年7月2日 01:00に投稿された作品です。

素晴らしい企画を開催していただき、誠にありがとうございます。


宙を舞う天使は、火を吐くドラゴンに憧れて。

女は女に恋をして。


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 ある日の配信を終え、僕は天使の輪と羽根を仕舞って完全な人間形態になる。
 僕は職業天使として天界から修行しに来た身だから、当然天使としての技量は積まなければならないけれど、人間のことをよく知るには人間として生活しなきゃならない。街中を、尖った星形の輪をふわふわ浮かべながら歩いてたら、目立っちゃって修行どころじゃなくなっちゃう。
 それは僕だけじゃなく、耳がついてたり、尻尾がついてたりするホロメンも同じ。お互いに人間として交流した方が、変な気を揉まなくて済むんだよね。ココも、その名で配信しなくなってからは、角と尻尾を見ていない。ちょっと寂しいけれど、どこかに仕事に出かけるときには、ときどき出してるんじゃないかな。
僕の知らないココ。
憧れの。


 『かなた』
唐突に、ココがDiscordのDMを送ってきた。
「7月1日、時間あるか?」
7月1日は金曜日なので、定例のメン限配信がある。それにAZKi先輩の誕生日配信にも出演する予定だから、それも同時視聴したい。
しかし、ココが望むなら、同時視聴はいくらでもリスケが利くし、記念配信の収録は既に終わっているので、時間は作れる。
『あるよ。なんじ?』
『20時くらい』
『いいよ』

 7月1日、20時。「桐生ココ」を知る者で、その日時を意識しない者は少ないだろう。まして、僕のようなアイドルオタクは、そういう日付を一生忘れない。
『同時視聴する?』
何の動画を見るかなんて、あまりに明らかで、無粋すぎて文字になんてできない。
あれから1年。僕もココも、色々なことを経験した。でも、きっと、あれ以上に大きな出来事は、二人の間に無かった。
『うん』
ココの返答は短く、そこにどんな真意が隠されているかはうかがい知れなかった。


 2022年7月1日当日、Discordでの形式的なやり取りの後、ココの部屋に入る。
「かなた、こっち座れよ」
「ココ」
すっぴんのココ。普段のココ。
普段は別々の部屋で暮らし、たまに居間で会うくらい。外出して食事や買い物に行く時もあるけれど、趣味が違うし、やるゲームも違う。
でも、不思議と気が合う僕らは、一緒に何かをするのに、理由は要らない。
いつになく無口なココ。何かのサイトを、マウスをコロコロさせながら、読むでもなしに見ている。
「ココ、どうしたの?」
「ん~……」
曖昧な答え。
とはいえ、“気のおけない仲”というのはこういうものかもしれない。それはそれで、ココの心の置き場所になれているのだと思うと少し誇らしい。
「ココ、僕はいつも、ココと一緒だよ」
僕は、放り出されたココの左手を手繰り寄せた。両手でその手を掴み、指の一本一本を丁寧に包み込むと、爪の他に硬い感触があった。

ペアリング。

簡素なその指輪は、ココのさばさばした性格に似つかわしいように思える。かっこいい。
元々は、事務所の社員さんへの対抗意識から買った、リア充への反抗のしるし。買った当時は、へい民からもホロメンからも、散々イジられたっけ。ただ、ペアリングは二人の間では単発のネタみたいなものだったので、ひとしきり楽しんだ後は、僕もココも、ほとんどつけていない。
「ココ、リング、つけてるんだ」
急に、指輪をつけてこなかった自分の指が気になった。そんなこと、ココの指を触るまで、気づいてすらいなかったのに。
だって、他人に見せるためだけに買ったのに、二人きりの時にもつけるだなんて。ハズいじゃん。
……あれ?
今気づいたけど、ココって最近……よくリングつけて……いたような……?

「かなた」
はっとして、記憶の旅から戻ってきた。
時間は、既に20時を大幅に過ぎている。画面には、You Tubeの画面。
ココは、こちらを目の端で見て、つぶやくように言う。
僕の動揺を知ってか知らずか、ココは僕を見つめて。
「一緒に、見てほしい」
「いいよ。僕も、ココと一緒に見たい」
ココは、左手を包み込む僕の両手の上に、更に右手を重ねた。

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「ココ」
動画をたっぷり2時間見た後、ココは画面をぼうっと見つめたまま、まだ手を細かく震わせていた。
ココは再生中、一瞬たりとも画面から目を離さなかった。
「良いライブだったよ。ココ」
「かなた。私、可愛かったかな」
「最高だったよ!ココ。ココは、この時も、今も、最高のアイドルだよ!」
声が弾む。
本当にそう思うんだもん。ココは、とにかく応援するファンを楽しませることだけをいつも第一に考えて活動してきたし、その精神は今も変わらない。はず。
ココは、僕をちらっと見て、また伏せがちに目をそらした。
「かなた。私は今、もう、アイドルじゃない」
弱弱しい、しかし、明確な否定。
「私は、ファンのみんなが、私のために色々してくれたし、今もそうしてくれてることを知ってる。Ego-surfingをしなくても、聞こえてくる」
「そうだよ!ココは今でも、ファンに好きって言ってもらえてる!だから、今でもアイドルなんだよ!!」
「でも、今、私は、みんなに何も返せない」
ココの震えた声は、ココの真情を示しているようだった。
「私は、もうアイドルじゃない。一人の女だ」
ココが、こちらに向き直る。
角は無い。
ハンパない存在感の尻尾も無い。
ただの、一人の女がいた。
顔を真っ赤にして、歯を噛んでいた。
「かなた、甘えさせて」
「いいよ」
顔の良い僕の半身。
「ココの一番弱い所を見せていいよ」

 ココは、その言葉に、頭を僕の胸に横向きに倒してきた。
角の無いココの側頭部を、頼りない僕の体は受け止めることができた。
「かなた」
ココは独り言のようにつぶやく。
「かなたは“そう”じゃないって、わかってるけど」
「うん」
「でも言わせて。……聞いてほしい」
僕の心臓の拍動が強く、早くなる。
「私、かなたのことが好き」
その告白は、かすれるように、囁くように。
「キスしたい。私だけを、感じてほしい」
僕の鼓動は一層強くなり、重ねられた手に、熱を帯びる二人の汗が、じっとりと溶け合う。
“そう”なんじゃないかな、という、淡い想像は前からあった。引っ越しの後くらいに、過剰なほど僕のことを心配してきたり、一緒に食事する時に、脈絡なく「あーん」してきたり。
そっかあ。
僕にガチ恋しちゃったかあ。愛い奴め。
僕は、ココの体を抱きしめるために、両手で握り合っている手を抜こうとしたが、
「離さないで!お願い、だから……」
ココの声に止められ、逆に固く結びなおした。
心と心を繋ぎ合う。

 「僕も、ココのこと、大好きだよ」
ココのことが好き。ホロメンを含め、僕が家を出てから出会った人のうち、ココはぶっちぎりで一番大好きだ。まるで、自分の分身であるかのよう。ココが楽しいと僕も楽しいし、ココが傷つくと僕も悲しい。
でも僕は、その気持ちが、ココの気持ちとは違うことも知っている。
「かなたは、色んなホロメンと夜中まで遊んだり、色んな人に会ったりしてる。知らないかなたが多すぎて、かなたと『同居してるだけ』の私は、」
ココは、息を整えるために、数秒呼吸をして。
「私は、かなたを、もっと知りたい。欲しい。」
「……ありがとう、ココ」
ココの悲鳴は、僕以外、他の誰にも響かないだろう。理解しあって、同居して、それ以上のことは、誰にも思い至らない。
僕しか知らないココ。
お互いの、唯一の家族。
「愛してくれて、ありがとう、ココ」



数秒の後、ココの頭が浮いて、ココがわたわたし始める。
「ごめん、かなた。ごめん!忘れて!忘れて。ごめん!気持ち悪いよな。嫌だよな。忘れて。お願いだから」
「ココ、僕、今ココを抱きしめたい。手を放して」
急に落ち着かなく、早口になったココに、僕は努めてゆっくりと語りかける。2時間ぶりに解かれた両手には、ココの不安と愛とが、じんじんとした熱となって残っている。
ココは、腕を縮めて体を小さく屈めたので、抱き寄せるとココの体の上に僕が大きく覆いかぶさる姿勢になる。
「ココ。気持ち悪くないよ。ココが僕にくれる気持ち。全部嬉しいよ。ココは、かけがえない僕の家族だよ」
背中を広く、大きく押し撫でる。
「ココ、僕はココを独り占めしたいって、そう思わない。ココは、僕の憧れなんだ。僕は、誰のものでもないココを、今までも見てきたし、これからも見ていたい」
残酷な答えかもしれないけど、天音かなたと桐生ココとの間に、嘘やごまかしは無しだ。
ココは、くぅぅぅぅと甲高い声を上げながら、体をさらに丸めて崩れ落ちてゆく。
「かぁなたぁぁぁ」
「ココ、ありがとう。好きだよ。ココ。ココの気持ち、何よりも嬉しいよ」
ココ。赤ちゃんのように、ああん、ああんと大声を吐き出すココ。ココは、いつからこの気持ちを秘めていただろう。僕が聞いても、いつも有耶無耶にしてたからなあ。
「我慢させちゃって、ごめんね。大好きだよ」
可愛いココ。
「ココの一番を、ありがとうね」
可愛い女。


 背中をゆっくりと撫でながら、薬を塗りこむように、ココに伝える。
「ココ。でもね、ココ。僕、ココのためなら、何でもできるよ。ココ、一緒にお風呂、入ろうよ。明日のご飯も、一緒に作ろう。キスだって、してみようよ。僕は、ココの全部、受け止められるよ」
ココは、ぐず、ぐずと泣き止み、体を起こした。
「なんだよオメー……天使かよ」
「違うよココ。僕は、一人の女だよ」
ココの体が起きてきたところで、その整った顔面が目に入る。この美女に、キスできるのは、世界中で僕一人だけ。
「言っておくけどね!」
そんな優越感に、僕は。
「僕がもしココにガチ恋した時には、覚悟しておいてよねッ!」
キメ顔のウインクで笑って。

「じゃあ、リングつけて。毎日。外でも」
「えっ」
女同士の関係をスタートさせてしまった。


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人気カップリング「かなココ」は、人によって解釈が分かれるのですが、僕は作中のようにココ→かなは恋愛に近く、かな→ココは戦友とかアイドル仲間という意識でとらえています。

小説の書き方として、あまりにかなココが互いに名前呼びすぎと言うのは、他人に指摘されるまで本当に、全然、意識してませんでした。二人が強く思い合っていてほしいなと言う気持ちが溢れすぎてしまったかもしれません。


ホロクリエイター企画は、投稿日が決まっていて、第3回は7月2日だったことから、ちょうど1年前の桐生ココ卒業時のことを思い起こして書きました。

なお、何も関係ありませんが、翌日の7月3日、ある人物がVShojoへの加入を発表、7月8日に天音かなたが引越しを発表しました。僕がこの作品を、それらの事実よりも前に投稿できたのは、あまりにもすごい僥倖だったというべきでしょう。