2019年1月26日土曜日

隣課の女子 第零夜~第一夜

以下は2018.7.24のpostの転載です。

隣課の女子(1)

「伊久さんって、スマホでゲームしますよね」
中村さんが、僕に話を振ってきた。中村さんは隣課のポケモン部の一員で、若干マンガが好きなライトオタクだ。ただ、進撃の巨人や、ジョジョなど僕とは微妙に話題が合わないので、そんなに頻繁に話すわけではない。
「なんか、こう、クッ!ってやるやつ知ってます?」
中村さんはスマホの画面に両親指を押し付けた後、すばやく外側にフリックする仕草をした。
「いや……知らないですけど、音ゲーっぽいですね」
フリックは音ゲーには珍しい動作でないので、咄嗟に答えた。デレステにもミリシタにも、同じような操作はある。
「あ、じゃあ、東京セブンスシスターズはわかります?」
「わからないです。音ゲーなんですか?」
「さあ?」
話が見えない。

曰く、「新人の女性社員と話が合わなすぎて困っている」とのこと。あるとき、その新人女子が落書きしている中に、「シトラス」なるナナシスのグループの曲の歌詞があったということだ。
「私たちでは、瑞穂さんとの共通の話題が無さすぎて、会話が続かないんですよ」
新人の瑞穂さんは20歳で、短大を出て4月に入社した。中村さんが僕に声をかけるときには、既に3ヶ月が経過している。その3ヶ月間、うまいこと雑談ができず、ほとほと困ってるというのだ。
「仕事の話はするけど、やっぱりコミュニケーションだからさ、色んな話をしたいんだよ」
係長の千種さんも同調する。
「えっ、でも、僕より若い守山君とかいますよね」
「僕も撃沈しました」
守山君もダメだったようだ。
「それに、野球とかの話をふっても、響かないじゃないですか」
まあ、女子に野球の話を振ってもわからないだろう。マンガ方面で攻めるにしても、守山君28歳や中村さん35歳では、話題は合わない。
「ポケモンやジョジョ等、色々振ってみたんですけど、『それは興味ないです』とけんもほろろだったんですよ」
話する気が無いのか、それとも瑞穂さんがエアーリーディング力が無いのかわからないが、それは話しにくかろう。
「私たち、すっかり心を折られてしまって。そこで、『メンタルの強い伊久さんならイケルかも!』と思いまして」
なぜそうなる。

隣課の女子(2)

「瑞穂さんとお喋りしてください!」
結局、そういう依頼だった。
「わかりました、でも同じ女性の中村さんが話できないのに、僕が喋れるかどうかはわからないですよ?」
「がんばってください!」
眼鏡女子から頼られると、イヤとは言えない。なお瑞穂さんも眼鏡女子だ。
「じゃあ、とりあえず明日......ですか?」
野球とサッカーは興味なし。東京セブンスシスターズをやっていて、おそらく推しユニットはCi+rus。与えられた材料はそれだけだった。

作戦はこうだ。
僕は守山君と話をすることが多い。正直趣味はほとんど合わないが、話をしていて心地よい。僕と守山君と仲が良いことは周知の事実だ。その守山君と話をしようとして僕が隣課にやってくる。でも守山君は急ぎの仕事で手が離せない、というシチュエーションを作る。そこで僕が暇つぶしついでに瑞穂さんと中村さんとの席に近づき、会話を仲立ちする。
定時になると、瑞穂さんは5分ほどで帰ってしまうため、迅速さも試される。
隣課のことなので、うまくいかなくても、大きな損失を被ることはあるまい。僕は気楽な心持ちでいた。
そして、翌日の仕事を終わらせて、定時を迎え、僕は早速守山君たちの島に向かった。

隣課の女子(3)

第一夜(カフェ編)

「僕最近、カフェに行こうと思って近くを探してるんですよ」
カフェならば、男性でも女性でも比較的話しやすいと思って、カフェを話題に選んだ。
瑞穂さんの席は中村さんのすぐ隣。その間に入り込むように、近くから椅子を引き寄せ、会話を始めた。守山は仕込みとかは関係なく普通に仕事をしていた。
「一昨日、このカフェAとこのカフェBに行って。カフェAは最近営業時間が変わったとかで振られちゃったんですけど、Bは開いてたので行けたんですよ」
カフェBを画像で見せた。カフェBは自然系のカフェ。ただし、店主は極端に自然にこだわるわけではなく、「おいしくて手軽に手に入るから」、その辺から野草を採ってきたり魚を獲ってきたりしているだけらしい。開店時間は曖昧で、気まぐれに店を開ける。
「面白いお店ですね」
返答は普通にできるじゃん。
「結構変な人が多く集まるカフェで、こないだは紫蘇もらいました」
「シソ?」
「僕はただハーブティー飲みに行っただけなんですけど、店主が誰かからもらってきたシソを枝ごと持ってきて、他の客と一緒に葉をもぎました」
「へぇ~」
中村さんも少し喋ったら?

「昨日は再びカフェAに行ったら、今度は開店してて、おでん食ったりお茶飲んだりして、あと初対面のおっさんと談笑したりしました」
ここから攻めていく。
「カフェAは昭和町にあるんだけど、瑞穂さんちも確か昭和町だよね」
「そうですね。昭和町にカフェなんて、あるんですか?」
「そう!そうなんだよカフェAはできて半年しか経ってない、新しい店なんだよ。だからほら、店は木造なんだけど、綺麗で木の良い香りがして」
カフェAの画像を紹介。
瑞穂さんからの自発的な意見を引き出すことに成功。
別に、話してみれば、会話を繋げるのは難しくないと思うんだけど、中村さんたちは3か月間何をしてたの?

隣課の女子(4)

「カフェAの店主に半ば強制されて、ツイッターアカウント作ったんですよ。初めて、実名で」
実名でSNSアカウントを作ったのが初めてなのは本当。だって特定怖いもの。
「中村さんはSNS、何かやってますか?」
「やってないんだよ~」
中村さん使えなさすぎませんか。
「僕は本垢が匿名でひとつあって、実名垢以外にもいくつか」
「本垢は匿名なの?」
「そりゃあそうですよ。自由に投稿できないじゃないですか。瑞穂さんわかりますよね?」
「わかります」
ディジタルネーティブなら、当然わかりますよね。

そんな感じでカフェの話題とSNSの話題で1時間程度話をして、切りの良いところで瑞穂さんは帰った。
「やっぱ伊久さん、コミュ強(つよ)ですね」
中村さんに褒めてもらった。
「いや、このくらいは誰でもいけるのでは?」
「伊久さんは私たちがこれまで努力した経緯を知らないから!」
「いや、確かに知りませんけど......」
「伊久さんは話しの持ってき方がうまいですよね」
会話の引き込み方として、クローズドクエスチョンと「Yes」と答える質問を繰り返すことで親近感をでっち上げる方法を伝授した。心理学は万能だ。
また、昭和町の地元トークをすることで、ほぼ絡んだことのない僕と瑞穂さんとの心理的距離を縮めるテクニックも駆使した。戦略ゲームやってるみたいで楽しい。

第一夜 終


隣課の女子 第零夜~第一夜
隣課の女子 第二夜~第三夜
隣課の女子 第四夜
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隣課の女子 第七夜~第九夜
隣課の女子 第十夜~第十一夜
隣課の女子 第十二夜
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