2019年2月2日土曜日

艦これ二次創作「君の名を呼ぶ」未完

(1)鎮守府内は静かなざわめきに満ちていた。
平時の準備が最も重要な軍の施設である。朝の修練から昼の食事、午後の演習という日常はほとんど変化が無い。しかし、いつもは一緒にそれらを行う人がいないだけで、皆少しずつ調子を狂わされているようだった。
「暁ちゃん」
演習の帰り、姉妹艦(いもうと)の電が私を呼びとめた。いつも通り、いや、いつも以上に細い声で、気付くのがひと呼吸遅れた。
「暁ちゃん」
振り返ると両手を胸の前で組み、口を一文字に結んでいる電。上目づかいでこちらを見つめている。
「今日、なのです?」
「今日よ」
問いかけてくる電に、私は即答する。昨日くらいから何回目かのやり取りで、少しウンザリしていることもあったが、何より自分も電と同じ気持ちであることがわかっているから余計に断言したかった。
「早く帰りましょ」
冷たく目をそらしたのは、不安を断ち切りたかったのと、本当に早く帰りたかったからだ。演習場と言えど外洋。こんな気持ちで不用意に停止していては、運悪く潜水艦に見つかったとき餌食にされかねない。外では、いつ誰に見られているかわからない。不意のときでも万全で、無様な姿を見せてはならない。それがレディーの振る舞いというものだ。
一応、周囲に未確認艦の航跡が無いか確認、海図も一通り見なおして、帰途に就いた。

(2)もう、一か月は前になろうか。司令官の命令から。
私たちの鎮守府では「委員会」という仕組みがあって、艦娘の代表は毎週月曜午前に召集される。行われるのは主に作戦の伝達、修練の方針、表彰など。全員呼び出して伝達等するのは手間だし、非効率なので、代表者が選出されている。駆逐艦は私と朝潮と陽炎が出る。戦艦は伊勢さん、金剛さん。空母から赤城さん、龍驤さん。巡洋艦からは川内さんと古鷹さん。皆、一筋通った尊敬すべきレディーだ。
「全員そろったな」
「委員会を始めるわ」
進行役の叢雲は、司令官にずっと付き添う秘書のような役割だ。周囲も敬意を込めて「秘書艦」と呼んでいる。司令官が鎮守府に着任したときからの付き合いだということだ。
「この間の大規模戦役は大勝利のうちに終わった。みな、よくやってくれた」
「南方海域への強襲偵察は成功裏に終わったわ。敵の超大型戦艦が出現しいていたけれど、深追いしなかったのは正解だったはずよ」
司令官がにこやかに労をねぎらってくれている。叢雲は隣に書類を持ってデータを確認している、戦局を一緒に確認し判断してきた叢雲である、威張っているわけではないが誇らしげだ。
大規模作戦ののち、しばらく鎮守府の艦娘たちは修復に時間をかけていた。入渠ドックと言う名の風呂も、ほぼいっぱいの状態だった。大型艦が入るドックが1つ、小型艦が入るものが1つ。私たちは代わりばんこに傷をいやした。
「さて、本題だが」
司令官は微笑んだ表情のまま作戦を切りだす。いつもの話し方だ。その方が逆に緊張するって言うのに。
「他方面で艦娘が数隻犠牲になった作戦のことは既に話したとおりである」
実は私たちが南方方面の強襲偵察をしている間、他方面でも敵勢力が活発化し、他の鎮守府でも攻略作戦が立案・実施に移されたということだった。しかし、潜水艦の跳梁が著しく、損耗に耐えられず艦隊は撤退したという。犠牲となった艦を後に……。
「その主力、潜水艦の根拠地が判明した。ここ」
司令官の右手は地図を指差す。
「ベーグル湾だ」
司令官、目が怖い。

(3)「ベーグル湾」「ベーグル湾やて?」
大型艦のお姉さま方が色めき立つ。
「私に行かせてください!」「ミィーなら活躍して見せるネ!」
私は少し戸惑っていた。やけに勢いがある。そんなに功を急ぐ海域だろうか?レディーとしては、がっつかず、示された作戦に正面から向き合う姿勢が良いと思う。そう思うでしょう、朝潮、陽炎?
「わ、私もっ」え、陽炎、あなたも?
隣を見ても身を乗り出す艦娘の有様で、面食らうばかりだった。
「落ちつきなさい!落ちついて!!」
叢雲が口調を強めて皆をたしなめる。秘書艦の声に、少ししゅんとなった艦娘が多かった。
「どうしたのよ、揃いもそろって」
「い、いえ……」
静かになったところで、司令官は緩めていた口元を改める。眼光を宿し、息を吸った。
「作戦を伝達す。現状、演習部隊として編成せし第四艦隊を再編、カレー洋哨戒艦隊とす。カレー洋上リランカ島への補給路を十分確保することを作戦目標とす。編成は駆逐艦1、軽巡洋艦2、重巡洋艦1、戦艦1、正規空母1だ」
「ちょっ、待ちぃ!」
龍驤さんが珍しく食ってかかった。
「潜水艦作戦なんやろ!こんなこと言うのもなんやけど、正規空母では潜水艦に攻撃でけんやん、なんで軽空母でなく正規空母なんや!」
集合した委員の中で、龍驤さん以外は改編第四艦隊への参加可能性がある。龍驤さんが怒るのも、理解できない話ではない。むしろ予想された反応だったのだろう。司令官と叢雲は特に驚いた様子も無く、静かに龍驤さんを見つめ返した。
「本作戦の主役は、潜水艦を沈める駆逐艦よ。でも、潜水艦だけでなく、戦艦を主軸とした敵艦隊の主力と運悪く当たる可能性もあるわ。それに対応するために、正規空母の火力が必要なの」
龍驤さんは押し黙るしかない。
「それと」
叢雲はたっぷりと間を溜める。さっきまで一時的に騒がしかった面々も、ただならぬ雰囲気を悟って叢雲を正視した。
「この作戦は長期になるわ。1週間で帰ってこられないかもしれない。よって、司令官は各艦種の有志による編成を旨とするつもりでいるわ」
1週間で帰れない作戦。そんなもの、これまでに経験したことが無かった。春に出撃していた艦隊も、数日で帰還し、鎮守府で整備を受けコンディションを整えていたというのに。
「損傷を受けたら、どうするんですか?」
「リランカ島に、まだ不十分だけど泊地があるわ。これを確立するのも任務のうち。当泊地で各種補給を受けつつ、同時に補給路も自分たちで守るのよ」
厳しい。いかな淑女と言えど。返事の無くなってしまった委員の前で、叢雲も、いつもより難しい顔をしている。司令官が引き継いだ。
「困難な作戦だが、前線基地を守る重要な作戦だ。各艦種ごと、よく話し合って志望者を出してほしい」
「司令官」
それまで黙っていた川内さんが、最後に発言しようとして、
「夜戦なら、対潜作戦だから、無いぞ。いいね?」
「あっはい」
そのまま解散となった。


(4)部屋の気温が数度下がったような心地だった。
「じゃあ、作戦に行く艦娘(ひと)は、1週間他のみんなに会えないってことね」
雷が目線を落として確認する。
我が暁型、特Ⅲ型の部屋は、宿舎等の1階、その最も西にある。もう少しすれば、きつい西日が差してくるはずだ。まだ夏の暑い盛り、どんな時刻でも暑いものは暑い、のではあるが、こんなことを皆に説明しなければならない私は嫌な汗ばかりかいていた。
「提督とも、みんなとも」
無言で肯定するしかない。本作戦で、艦隊に組み込まれる駆逐艦は1隻。他にお姉さまたちが5隻いるとはいえ、やはり、慣れ親しんだ同じ艦種の仲間がいないのはつらい。
「それに、他の鎮守府の艦で、帰ってこなかった艦があるって」
「それは!」
たまらず私が遮った。私も司令官の代弁者だ。弁護をするわけではないが、どうしても主張したいところはある。
「それだけは避けるって、司令官は言ってたわ。信頼のおける艦娘を旗艦にして、統率のとれた行動を、」
「でも!絶対ってことは……」
雷は一度顔を上げたが、また考え込むようにうつむいてしまった。少し声が震えて、音を出すのもままならなくなっている。雷は他人のことをよく思っていると同時に、とても寂しがりなところがある。1週間と言わず、もっと長い間仲間と離れ離れというのは、もし命令があったとしても、無理だろう。
電は雷のおろしてしまった手に、そっと手を重ねる。そしてちょっと上目づかいに私を見つめてくる。やめてよ、私が雷をいじめてるみたいじゃない。
そんな膠着した空気を、冷静な判断で破るのは、響の得意技だ。
「信頼のおける艦娘が、旗艦になるんだね」
無口な響には珍しく、力強い口調に三人は驚いた。
「私が行く。私が行きたい。私は、信頼の艦になりたい」
息をのんだ。
自分たちは、艦娘の中でも子供扱いされることが多い艦種だ。しかし、それも仕方ない。まだ自分自身を統制する力は弱いし、能力も低い。
しかし、その響は、私たちと同じ小さい体ながらも、とても大きな存在に見えた。
レディーに、見えたのだ。
「わかったわ」
「暁ちゃん!?」
電の悲鳴にも似た叫びが聞こえた。
「響、わかってるのね」
「ああ、……やるさ」
私たちの瞳と瞳のやり取りに、曇りは無い。意志の込もった響の言葉に、異論をはさむことなどできようか。
「もう、決まったわ。私からは、響を推薦する」
「『待った』しても、いいかしら」
扉を開けて姿を現したのは、陽炎だった。私たちは突然のことで、膝立ちになって振り返る。
「私も、譲れないの」
陽炎の瞳も、らんらんと輝いて、私では交渉など考えもつかなかった。
「じゃ、じゃあ、陽炎ちゃんに任せて、響ちゃんはお留守番でいいのです?」
「私も譲れない」
「そうみたいね」
響は、こんなにもカッコ良かったかしら。真っ向から衝突する目線の応酬に、私なんかは、言葉を発せずにいた。
電など、どうにもならなくてきょろきょろするばかりだ。
「駆逐艦は1隻(ひとり)だけ」
「承知のうえよ」
「判断は」
「司令しかできないわ」
「わかった」
互いの言いたいことを全部わかっていて、それを確認するためのような会話が目の前で繰り広げられた。一言、すごい。
すくと立ちあがった響は、すたすたと陽炎に導かれるようにして司令室に向かって行った。
「ひっ、響ぃ!」
「響ちゃあああああああん!!」
後に残された者は、まだ心の準備ができていないのだった。

0 件のコメント:

コメントを投稿