2019年1月26日土曜日

隣課の女子 第五夜~第六夜

以下は2018.10.16~2018.10.19のpostの転載です。
隣課の女子(15)

第五夜(幕間)


・ある日、中村さんが結構長い時間、瑞穂さんと話していた。
「中村さん!瑞穂さんと会話できてるじゃないですか」
我ながら、何扱いの発言だろう。
「伊久君。そう、奇跡が起こった」
「奇跡?」
「5分間だけ奇跡が起こった」
もう少し続けようよ......


・別の日に、中川が北君と話をしていた。北君は同じ課の後輩で、瑞穂さんの同期である。
「北君、瑞穂さんと話したことある?」
「いやっ、うーん......無いですね」
僕も交ぜてもらう。
「えっ、北君、瑞穂さんと同期でしょ?」
「まあ、そうですが。でもそうそう絡む機会無いですよ」
なんか会話のとっかかりとかネタとか無いのかよ。自分だけだと会話を続けるのが難しくなったときに脆弱だから、関係性を築くときには、できるだけ多人数で攻めたい。
「瑞穂さんとは、伊久さんの方が仲いいじゃないですか」
「ああ、僕瑞穂さんのこと大好きだからね。Love Love! ChuっChuっ!だからね」
「は、はあ」
残念ながら、さすがに13年前のアニメネタは通じなかった。
参考
http://www.kasi-time.com/item-36223.html


・また別の日。
「中村さん、その後どうですか?奇跡起こりました?」
「伊久君......私、南係長と同じ扱いになった......」
中村さん、ガチへこみである。
南係長とは、隣課の別の係の係長で、気分屋で、機嫌が悪いと周囲にかんしゃくを撒き散らし、機嫌が良いと仕事に関係ないクイズを周囲に撒き散らす害悪である。
「私が話しかけるとね、瑞穂さんが眉間にしわ寄せるの」
「それはよっぽどですね......」
中村さんのメンタルは、今度こそ底をついたようだった。
「どんな話題を振ってたんですか?」
「こないだ身体測定あったから、『身長いくつだった?』とか」
身体測定1ヶ月以上前だよ。へたくそかよ。

隣課の女子(16)

第六夜 (『未来』編)

うちの会社には社員組合があり、年一回機関誌「未来」を刊行している。「未来」は毎年原稿不足にあえいでおり、寄稿すれば寄稿しただけ採用される。
しかも、おいしいのは、寄稿すると1人に対してクオカードが2,500円分もらえるということだ。
僕や、元同僚の東さんは、たくさん「未来」原稿を書くのに長けているのだが、いかんせん1人で2,500円”しか”もらえない。だから他の組合員を勧誘して、名義を貸してもらい、組合からクオカードをかすめ取っている。東さんはそのクオカードを金庫に入れて、毎年年度末に「東会」を開催、デニーズとかでパーッと飲み食いしている。僕は、僕に1,000円、名義を貸してくれた人に1,500円分配する。

「瑞穂さん、東さんにオルグされてる?『未来』の原稿」
オルグするというのは、共産党の言葉だ。もちろん冗談である。
「いえ、......『未来』ってなんですか?」
「ああ、そうだった、新入社員だもんね知らないよね。こないだ、社内で掲示板に出てたけど、まあちょっと待ってよ」
僕は去年度の「未来」を持ってきて見せた。
「これが去年の『未来』。でこれとこれが僕が書いたやつ。片方は守山の名前で出したけど」
「へえ~」
「去年はねえ、巻末のマンガが特徴的」
同誌はほとんどが写真+文章なので、マンガを書いてくる人というのは非常に珍しい。しかも結構うまかった。
「ホントですね、この人今年も書くかなあ」
「どうだろうね、いつもと違う内容が載ってると面白いよね」
「ちょっとこれ貸してもらってもいいですか」
基本オタク入っている瑞穂さんに「未来」を気に入ってもらえたようだ。
いくらでも貸しますよ。どうぞどうぞ。

隣課の女子(17)

瑞穂さんが僕の席まで来た。
「コレ、ありがとうございます」
僕から借りていった2017年版「未来」を返しに来たようだ。
「ああ、置いといて」
最初は会話のとっかかりもおぼろだった女子が、足を伸ばしてやって来たことにちょっとした感動を覚えつつ、事務連絡を伝える。
「ところで今日は、『未来』原稿の提出期限日なんだよね。僕が書いた原稿、瑞穂さんの名前で編集部に送ってくれる?」
「いいですよ」

この時点で僕は「未来」原稿を自分の分と守山に渡して送ってもらった分で2本提出している。瑞穂さんで3本目だ。
「どうすればいいんですか?」
「社内メールで瑞穂さんに原稿送るから、指定した内容を書いて編集部に送ってくれればいいよ」
社内メールはセキュリティも十分だし、名前の一部を入れると社員が自動でサジェストされるので便利で良く用いられる。
「じゃあ、とりあえずメール待ってますね」
僕は瑞穂さんにメールを送った。

はずだった。

色々仕事に対応してたこともあって、30分後。
「瑞穂さん、メール届いてる?」
「え?いえ」
えっ?
「え、送ったんだけど……」
「届いてません」
何が起こっているんだ?

結局、その日は原稿を提出できず。

隣課の女子(18)


「未来」の原稿に再募集がかかり、その提出日前日。
ようやく、瑞穂さんへ送った原稿が瑞穂さんに届かなかった理由がわかった。

「瑞穂さん、こないだの理由わかったよ」
「わかりましたか」
「別の瑞穂さんに送ってたわ」

瑞穂さんの氏名は熱田瑞穂という。「熱田」はよくある苗字なので、課内に同じ苗字がいることも珍しくない。ということで、瑞穂さんは名前の方で呼ばれることが多かった。(だからこの文章においても『瑞穂』さん、と名前でも通じる仮名を使った)

「『熱田瑞穂さん』ってのが別にいるのね」
「あっ、そうなんですよ」
全然別の部署とはいえ、知ってるだろうに。なにせ、
「しかも同期らしいじゃん。同姓同名、4文字とも一緒の同期!すごい偶然だね」
「ええ、だから『届かない』ってなったとき、『そう』じゃないかなって思いました。迷って結局言い出せなかったんですが」
何言ってんのこの子。そういうのは早く言えよ。
「まあ、原因がわかって良かったわ。再送するね」
最初にメール送った先の熱田瑞穂さんには、既に連絡済み。

こうして、「未来」原稿は無事に瑞穂さんに届き、編集部に送られた。年明けにはクオカードがもらえることだろう。
なお、最終的に僕は原稿を4本書いた。僕の分以外は、守山、瑞穂さん、中川の分。

最後に、両課内の他の十数人は、ほぼ全員東さんにオルグされており、東さんは計16本書いていたことを付記する。僕は残ってた人を勧誘したというわけ。



隣課の女子 第零夜~第一夜
隣課の女子 第二夜~第三夜
隣課の女子 第四夜
隣課の女子 第五夜~第六夜
隣課の女子 第七夜~第九夜
隣課の女子 第十夜~第十一夜
隣課の女子 第十二夜
隣課の女子 第十三夜~最終夜

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